☞ A年-2014
 ☞ キリストの聖体

キリストの聖体

私の肉を食べ、私の血を飲む者は、永遠の命を得る。

2014年6月22日、日曜日


第一朗読

申命記8・2-3、14b-16a

主は、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。

申命記

モーセは民に言った。 8・2あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわち御自分の戒めを守るかどうかを知ろうとされた。 3主はあなたを苦しめ、飢えさせ、あなたも先祖も味わったことのないマナを食べさせられた。人はパンだけで生きるのではなく、人は主の口から出るすべての言葉によって生きることをあなたに知らせるためであった。

14b主はあなたをエジプトの国、奴隷の家から導き出し、 15炎の蛇とさそりのいる、水のない乾いた、広くて恐ろしい荒れ野を行かせ、硬い岩から水を湧き出させ、 16aあなたの先祖が味わったことのないマナを荒れ野で食べさせてくださった。

++++
答唱詩編

詩編135・12+13、14+15、18+19

主をたたえよう。主はいつくしみ深く、そのあわれみは永遠。

詩編135

135・12エルサレムよ、神をほめたたえよ。シオンよ、神をたたえよ。
13神はおまえの門のかんぬきをかため、その中に住む人を祝福される。

14神は国ざかいに平和をもたらし、よい麦でおまえを養われる。
15神は地に向かっておおせになり、そのことばはすばやく走る。

18神はみことばをつかわしてこれを溶かし、
いぶきを送られると水が流れる。
19神はみことばをヤコブに知らせ、定めとおきてをイスラエルに告げられる。

++++
第ニ朗読

①コリント10・16-17

パンは一つだから、わたしたちは大勢でも一つの体である。

使徒パウロのコリントの教会への手紙

皆さん、 10・16わたしたちが神を賛美する賛美の杯は、キリストの血にあずかることではないか。わたしたちが裂くパンは、キリストの体にあずかることではないか。 17パンは一つだから、わたしたちは大勢でも一つの体です。皆が一つのパンを分けて食べるからです。

++++
福音朗読

ヨハネ6・51-58

わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物である。

ヨハネによる福音

そのとき、イエスはユダヤ人たちに言われた。 6・51「わたしは、天から降って来た生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」 52それで、ユダヤ人たちは、「どうしてこの人は自分の肉を我々に食べさせることができるのか」と、互いに激しく議論し始めた。 53イエスは言われた。「はっきり言っておく。人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたたちの内に命はない。 54わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠の命を得、わたしはその人を終わりの日に復活させる。 55わたしの肉はまことの食べ物、わたしの血はまことの飲み物だからである。 56わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、いつもわたしの内におり、わたしもまたいつもその人の内にいる。 57生きておられる父がわたしをお遣わしになり、またわたしが父によって生きるように、わたしを食べる者もわたしによって生きる。 58これは天から降って来たパンである。先祖が食べたのに死んでしまったようなものとは違う。このパンを食べる者は永遠に生きる。」
++++
2014年・オール神父の解説

「どうぞこのパンを食べてください。これは私の身体です。このワインを飲んでください。これは私の血です。」ユダヤ人達はこれを聞いて、「ご自分の肉を食べさせ、ご自分の血を飲ませるのはどういう意味だろうか」と互いに激しく議論し始めました。彼らはイエス様の言葉を理解することができませんでした。イエス様は重ねて言いました。『このパンを食べる人は命を得て永遠に生きる。』私達ならどう受け止めたでしょうか。神様が私達のために用意された救いの神秘は、『キリストを私達の方に派遣してくださり、キリストは十字架上で私達のためにご自分の命をお捧げになる』ということでした。イエス様の血、それは十字架に流れた血、イエス様の身体、それは復活された身体です。私達はご聖体をいただく度に、十字架につけられて復活されたキリストを受けることになります。

イエス様の死と復活は、2000年程前の出来事、私達から遠い国のことですが、それは私達とどのようにつながっているのでしょうか。ご聖体の形はホスチアです。ホスチアは奉献文の祈りによって聖別され、復活されたキリストの身体になります。外見は何も変わりませんが、私達の信仰によって聖別されたホスチアはもうホスチアではありません。キリストです。同じようにワインはすでにワインではなく、十字架に流れたキリストの血です。この神秘に与るときに、私達は復活されたキリストと確かに結ばれて生きる者となります。このパンは信仰の無い人には何の力も無いものですが、あなたはそれをどのように受け取りますか?ポケットに入れて帰りますか?実は、それは私達にまかされています。食べたら、それで終わり、すぐ忘れてしまった、そういうこともあるかもしれません。ご聖体であることを無視してしまうこともあるかもしれません。

けれども皆さん、忘れないでください。イエス様は、へりくだって私達の方に来てくださるのです。私達は復活されたイエス様を『迎え入れる』ことになります。どうぞ、あなたの家にキリストを迎え入れてください。そして、あなたが行く場所にキリストを連れて行ってください。なぜなら、私達は世の光となって、世を照らすように招かれているからです。キリストは導き、案内してくださいます。私達が希望を語るとき、隣人に愛を示すとき、人は何を見るでしょうか。私達のうちにいるキリストを見ることになるのです。復活されたキリストの顔はどこにあるでしょうか。そうです。皆さんの顔です。そして、『疲れている人は私の方にきなさい。休ませてあげよう』とイエス様が癒してくださって、私達は一週間一緒にいてくださったキリストに感謝のミサを奉げます。そしてまたイエス様を迎えて、頑張ってあちこち連れていきます。それは良いプログラムではないですか。今日も喜びのうちにご聖体をいただきましょう。そして、永遠にキリストと一緒に生きる者として生活してください。アーメン。

(オール神父のお説教抜粋)

A年-2014

A年

A年