今年は、特別なクリスマスのお祝いです。
信仰年における、クリスマスのお祝いです。
信仰年にあたり、神様のみ言葉を灯火として受け、信仰の神秘にあずかるように招かれています。
み言葉を通して、神様が用意なさった救いの計画を悟ることは、私たちの信仰を強めていただく良い方法です。それと同時に、救いそのものを頂き、救いの神秘にあずかることになります。
救いの計画という信仰の神秘にあずかるよう、私たちは、道を歩むのと同じく一歩一歩進みます。主の降誕のお祝いにあたり、キリストの受肉に関わる点について考えてみましょう。
キリストは、神様の言(ことば)です。キリストを通して、神様は私たち人間に呼びかけ、ご自分の愛の神秘を伝えてくださいます。神様の「言」を聞いて、私たちは神様の愛にあずかります。私たちは「言」によって創られ、「言」によって救われるのです。「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。」(ヨハネ1・1)
耳の聞こえる人は、この神秘にあずかります。
「言」を大切に聞く人は、この「言」に案内され、導かれます。暗闇に存在していた私たちは、この「言」によって照らされながら、神様への道を歩んでいます。ですから、キリストは「光」なのです。私たちは、この光によって照らされて導かれ、彷徨うことなく、希望のうちに安心して信仰の道を歩み続けることが出来るのです。「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった。光は暗闇の中で輝いている。」(ヨハネ1・4-5)
ルカ福音書の記者によると、イエス様は、貧しい人間、弱い赤ちゃんとして、私たちの内に来てくださいました。では、誰がこの赤ちゃんを生かすために、十分な愛を与えるのでしょうか?誰が成長させるのでしょうか?
神様の呼びかけに応えたマリア様とヨセフは、イエス様を養い育てました。彼らは、イエス様を迎え入れた最初の人です。そして、貧しい羊飼いたちも、生まれたばかりの赤ちゃんを救い主として認め、喜びのうちに迎え入れました。
この赤ちゃんを迎え入れ、成長させるのは誰でしょうか?それは、貧しい羊飼いのあなたです。キリストを迎え入れるため、心に場所を用意した人です。耳が聞こえる人、歩ける人なら誰でも、キリストを迎え入れ、養い育てることが出来るのです。
主の降誕にあずかるのは、神様の「言」を聞いてキリストを迎え入れ、キリストと一緒に成長すること。キリストの光によって照らされ、キリストと結ばれて信仰生活の道を歩むことではないでしょうか。
主の降誕、おめでとうございます!
2013年12月20日
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